
遺産分割協議書は、単に相続人全員が署名し、実印を押せばよい書類ではありません。相続登記、預貯金の解約、株式・投資信託の相続手続などに使用するためには、まず「誰が相続人なのか」「何が相続財産なのか」を確認し、そのうえで「誰が何を取得するのか」を明確にして、それを第三者にも分かる文章として記載する必要があります。そのため、遺産分割協議書を作成するときに重要なのは、作成するまでの考え方と順序を理解することです。
遺産分割協議の結果を書面にしたものです。被相続人が亡くなり、複数の相続人がいる場合には、相続財産を誰が取得するのかを相続人間で決める必要があります。この話し合いが「遺産分割協議」であり、その結果を書面にしたものが「遺産分割協議書」です。したがって、遺産分割協議書の中心となるのは、「誰が、どの相続財産を取得するのか」という点です。
遺産分割協議は、原則として共同相続人全員の参加が必要です。例えば、相続人が妻と長男、長女の3人であるにもかかわらず、妻と長男だけで遺産の分け方を決めても、長女を除外したまま有効な遺産分割を成立させることはできません。そのため、協議書を作成する前に、まず戸籍等によって相続人を確定することが重要です。
遺産分割協議書には、大きく分けて二つの役割があります。一つは、相続人間で合意した内容を明確にすることです。もう一つは、その合意内容を法務局や金融機関などの第三者に示し、実際の相続手続を行うための証明資料とすることです。したがって、「相続人には意味が通じる」というだけでは十分ではありません。例えば、
”自宅は長男が相続する。”
という記載だけでは、その「自宅」がどの不動産なのかを法務局が特定できない可能性があります。遺産分割協議書を作成するときには、「この文章を読んだ第三者が、対象となる財産と取得する相続人を特定できるか」という視点が重要になります。
遺産分割協議書は、相続登記だけに使用する書類ではありません。
遺産分割によって特定の相続人が土地や建物を取得した場合、その内容に基づいて所有権移転登記を申請します。この場合、遺産分割協議書は、誰がその不動産を取得したのかを証明する重要な書類となります。
銀行や信用金庫などの預貯金についても、特定の相続人が取得する場合には、遺産分割協議書を利用して相続手続を行うことがあります。ただし、金融機関所定の相続届等によって手続できる場合もあるため、遺産分割協議書が常に必須とは限りません。
証券会社の口座にある株式や投資信託についても、誰が取得するのかを決めたうえで相続手続を行います。証券会社によって必要書類や手続方法が異なるため、実際の手続先を確認しながら協議書を作成する必要があります。
自動車の名義変更などでも、遺産分割協議書を使用する場合があります。
このように、協議書を作成する際には、単に「遺産を分ける」というだけでなく、「その協議書を使って、どの相続手続をするのか」まで考えておくことが重要です。
遺産分割協議書をいきなり書き始めるのではなく、先に次の点を整理します。
被相続人の出生から死亡までの戸籍等を確認し、相続人を確定します。
例えば、土地・建物,預貯金,株式・投資信託,自動車,現金,その他の財産などを確認します。
相続財産と相続人が確定したら、それぞれの財産を誰が取得するのかを相続人全員で協議します。
つまり、”相続人の確定 → 相続財産の確認 → 分け方の決定 → 協議書の作成”という順番で進めるのが基本です。
一般的な遺産分割協議書は、次のような構成になります。
氏名だけでなく、必要に応じて本籍、最後の住所、死亡年月日などを記載し、誰についての相続なのかを明確にします。
相続人全員による協議の結果、次のとおり遺産を分割することに合意した旨を記載します。
ここが協議書の中心部分です。「誰が」「何を」取得するのかが分かるように記載します。
作成時点では把握できていなかった相続財産が後から見つかる可能性もあります。そのため、必要に応じて、後日判明した財産を誰が取得するのか、または改めて協議するのかについて定めます。
最後に、協議に参加した相続人を明確にし、住所・氏名を記載して押印します。相続手続で使用する場合には、実印による押印と印鑑証明書が必要となることが一般的です。
不動産について最も重要なのは、「どの不動産を取得するのかを登記記録に基づいて特定すること」です。土地であれば、
建物であれば、
など、登記事項証明書等を確認して記載します。日常的に使用している住所と登記上の「所在・地番」は同じとは限りません。そのため、固定資産税の納税通知書や住所だけを見て記載するのではなく、登記記録と照合することが重要です。
預貯金では、「どの金融機関の、どの口座なのか」を特定できるようにします。例えば、
などを記載します。ここで検討が必要なのが「残高」です。相続開始時の残高を記載すると、利息の付加や口座からの引落しなどによって、実際の払戻時の金額と一致しなくなる場合があります。そのため、財産を特定するために必要な情報と、変動する金額を記載する必要性を分けて考えることが重要です。
有価証券の場合も、対象となる財産を第三者が特定できることが基本です。例えば、
などを確認します。ただし、株式については、相続開始後に配当金が発生したり、投資信託では分配金が発生したりすることがあります。したがって、単に銘柄だけを記載するのではなく、その有価証券に関連して発生する金銭を誰が取得するのかまで検討しておくと、後日の紛争防止につながります。
実務上よく問題になるのが、上記以外の一切の財産は長男が取得する。といった包括的な記載です。このような条項には、後から新たな預金などが判明した場合に、改めて相続人全員で協議する負担を減らせるという利点があります。一方で、内容を十分理解しないまま包括条項を入れると、相続人が想定していなかった高額な財産まで特定の相続人が取得する結果になる可能性があります。したがって、「とりあえず入れておけば安心」という条項ではありません。後から判明した財産を特定の相続人に取得させるのか、それとも相続人全員で改めて協議するのかを考えたうえで記載する必要があります。
不動産、預貯金、株式などは、それぞれ特定方法が異なります。例えば、”○○銀行の預金は長男が取得する。”だけでは、同じ銀行に複数の口座があった場合に、どの口座を意味しているのか問題になる可能性があります。反対に、必要以上の情報を書き込めばよいというものでもありません。重要なのは、「その記載によって対象財産を一義的に特定できるか」という点です。遺産分割協議書の作成では、文章の美しさよりも、特定性・明確性・手続適合性が重要になります。
不動産、預貯金、株式などを一つの遺産分割協議書にまとめることは可能です。例えば、
第1条 長男が不動産を取得する
第2条 妻が○○銀行の預金を取得する
第3条 長女が○○証券の株式を取得する
という形です。
ただし、ここで重要なのは、提出先によって確認される内容や必要書類が異なることです。法務局で使用できる記載であっても、それだけで銀行や証券会社の手続が完結するとは限りません。したがって、複数の相続手続に使用する協議書を作成するときには、「どこに提出するのか」を作成前に確認するという発想が必要になります。
代表的なものとして、次のようなケースがあります。
遺産分割協議を成立させるためには、原則として共同相続人全員による合意が必要です。「長年連絡を取っていない」「相続する財産がないから関係ないだろう」といった理由で、一部の相続人を除外して協議書を作成することはできません。特に、被相続人に前婚の子がいる場合、代襲相続が発生している場合、兄弟姉妹が相続人になる場合、数次相続が発生している場合などは、想定していた人物以外が相続人となることがあります。対策として、協議書を作成する前に戸籍等から相続関係を確認し、遺産分割協議に参加すべき相続人を確定させることが重要です。
不動産を取得する相続人について合意していても、協議書に記載された不動産を特定できなければ、相続登記で問題になることがあります。例えば、「神戸市○○町の自宅」「被相続人所有の自宅土地建物」といった日常的な表現ではなく、登記記録に基づいて対象不動産を特定することが基本となります。また、住所として使用されている住居表示と、不動産登記上の地番・家屋番号は異なることがあります。対策として、登記事項証明書等を確認し、登記記録と整合する形で不動産を記載します。
「○○銀行の預金を長男が取得する」と記載しても、同じ銀行に普通預金と定期預金がある場合や、複数の支店に口座がある場合には、どの預金を意味するのかが明確でないことがあります。預貯金については、金融機関名だけでなく、支店名、預金種別、口座番号などを確認し、対象となる口座を特定できるように記載することが重要です。ただし、実際に必要となる記載や提出書類は金融機関によって異なる場合があります。対策として、預貯金の内容を整理するとともに、必要に応じて手続予定の金融機関に必要書類を確認してから協議書を作成します。
株式や投資信託がある場合には、証券会社の口座そのものだけでなく、その口座にどのような金融商品があるのかを確認する必要があります。また、相続開始後に配当金や分配金が発生していることもあります。「○○証券の財産を長女が取得する」とするのか、個々の銘柄を特定して取得者を決めるのかによって、協議書の記載方法も変わってきます。対策として、証券会社から取得した資料等によって口座・銘柄・数量などを確認し、相続人がどの範囲の財産を取得するのかを明確にしておきます。
協議書を作成した後に、別の預金口座、株式、土地などが見つかることもあります。すでに作成した協議書に、新たに判明した財産についての定めがなければ、その財産について改めて相続人間で遺産分割協議を行い、必要に応じて書面を作成することになります。一方で、最初の協議書に「後日判明した財産」の取扱いを定めておく方法もあります。ただし、すべてを特定の相続人が取得すると定めるのか、新たに判明した財産について改めて協議するのかは、相続人の意向によって異なります。対策として、現在把握している財産だけでなく、後から財産が判明した場合を想定して、その取扱いについても検討しておくことが考えられます。
遺産分割協議書を作成する目的は、相続人間の合意を書面に残すことだけではありません。相続登記をするのであれば法務局、預貯金の解約をするのであれば金融機関、株式等を相続するのであれば証券会社など、実際の手続先があります。ところが、財産の特定方法や必要な記載事項を確認しないまま協議書を作成すると、署名・押印を終えた後になって、記載の修正や追加の書類が必要になることがあります。相続人が近くに住んでいれば修正は比較的容易ですが、相続人が全国各地や海外に居住している場合には、書類を再度やり取りするだけでも大きな負担になります。対策として、遺産分割協議書を作成する段階から「この協議書をどの相続手続に使用するのか」を確認しておくことが重要です。
これらの失敗に共通するのは「書く前の確認不足」です。文章そのものを間違えたことだけが原因ではないことが分かります。問題となりやすいのは、
という、協議書を書く前に確認すべき事項が十分に整理されていないことです。逆にいえば、相続関係が単純で、財産も明確であり、相続人全員の合意内容と必要な相続手続が整理できているのであれば、自分たちで遺産分割協議書を作成することも考えられます。一方、不動産と複数の預貯金・株式がある、相続関係が複雑である、複数の手続に同じ協議書を使用したいといった場合には、確認しなければならない事項も増えていきます。重要なことは、相続人が決めた内容を、実際の相続手続を見据えて一つの文書に整理することです。
相続人間ですでに遺産の分け方が決まっている場合でも、それを適切な遺産分割協議書にするためには、
を整理する必要があります。特に、不動産、預貯金、株式など複数種類の財産が含まれる場合には、それぞれ異なる特定方法を一つの文書の中で整理しなければなりません。すでに成立している相続人間の合意内容を整理し、明確な文書として作成することにあります。
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大学で応用数学を学び、システムエンジニアとしてIT関連企業に勤務。2017年行政書士事務所を開業し現在に至る。
申請取次行政書士 2級ファイナンシャルプランニング技能士