
自分が亡くなった後のことを考えたとき、「葬儀は誰がしてくれるのだろう」「お墓への納骨は誰に頼めばよいのだろう」「一人暮らしの家や荷物はどうなるのだろう」「携帯電話や電気、ガスなどの契約は誰が解約するのだろう」と考えたことはないでしょうか。人が亡くなると、相続だけではなく、さまざまな手続が発生します。しかし、亡くなった本人が自分で手続をすることはできません。そこで考えておきたいのが、「自分が亡くなった後、誰に、何をしてもらうのか」ということです。その方法の一つが、『死後事務委任契約』です。
名前だけを見ると難しそうですが、基本的な考え方はそれほど複雑ではありません。簡単にいえば、「私が亡くなった後、この手続きをお願いします」という約束を、生きている間に相手と契約(約束)しておくものです。
人が亡くなると、その後にさまざまな手続が発生します。例えば、次のようなものです。
これらは、財産を誰が相続するのかという「相続」とは別の問題です。例えば、「預金を長男に相続させる」ことと、「自分の葬儀を誰が手配するのか」は別の話です。死亡した後には、財産の承継だけではなく、日常生活を終わらせるためのさまざまな事務が残ります。政府が策定した「高齢者等終身サポート事業者ガイドライン」でも、葬儀など死亡後の事務を行う「死後事務サービス」が、身元保証や日常生活支援とは別のサービスとして整理されています。
家族がいる場合には、「子供がやってくれるだろう」「妹にお願いしている」という方もいるでしょう。もちろん、実際には家族や親族がさまざまな手続をするケースは多くあります。しかし、ここで一度考えてみてください。
例えば、「自分が死んだら、後のことは妹によろしくと言ってある」だけだった場合、妹はどこまで頼まれているのでしょうか。葬儀だけでしょうか。納骨も含まれるのでしょうか。家の荷物も処分してよいのでしょうか。携帯電話も解約してよいのでしょうか。そして、そのために必要となった費用は誰が負担するのでしょうか。本人は、「全部お願いしたつもり」でも、頼まれた側は、「葬儀だけお願いされたと思っていた」ということも考えられます。口約束だけでは、本人が亡くなった後に本人へ確認することができません。ここに、死後のことを事前に書面にしておく意味があります。
死後事務委任契約という名称を分けて考えてみましょう。「死後事務」とは本人が死亡した後に必要となる事務のことです。「委任」とはあることを他の人にお願いすることです。「契約」とはお願いする人と、お願いされる人が、その内容について合意することです。したがって、死後事務委任契約とは簡単にいえば、「自分が亡くなった後にしてほしいことを、生きているうちに他の人へ頼んでおく契約」です。
例えば、本人が、「私が亡くなったら、葬儀と納骨をお願いします」と頼み、相手が、「分かりました。引き受けます」と承諾する。その合意内容を具体的に整理しておくのが死後事務委任契約です。政府ガイドラインでも、死後事務サービス等の契約について、その内容に応じて民法643条の「委任」または656条の「準委任」と整理され得るとしています。
死後事務委任契約では、例えば次のような事務を検討することができます。
誰が亡くなったことを、
へ知らせるのかを決めておきます。
本人の希望に応じて、
などを委任することが考えられます。
「○○寺に納骨してほしい」「すでに契約している納骨堂へ納めてほしい」といった希望がある場合、その実行に必要となる事務を委任することが考えられます。
死亡時に未精算となっている入院費や施設利用料等について、必要な事務を検討します。
一人暮らしの場合には、
についても考えておく必要があります。
死亡後も生活に関する契約が自動的にすべて整理されるわけではありません。どのような契約があるのかを生前に整理しておくことも大切です。
「知らない専門業者に頼むなら契約書が必要なのは分かる。でも、妹や甥にお願いするなら契約書までは必要ないのでは?」と思う方もいるでしょう。しかし、家族や親しい人だからこそ、何をお願いしたのかを明確にしておく意味があります。
例えば本人が、「死んだ後は全部よろしく」と言ったとしても、「全部」の意味は明確ではありません。葬儀なのか。納骨なのか。家財処分なのか。携帯電話の解約なのか。費用の支払いまで含むのか。本人が生きていれば確認できます。
しかし、死後事務が実際に必要になる時点では、本人はすでに亡くなっています。そのため、誰に何をどこまでどのような条件で頼んだのかを、本人が生きているうちに整理しておくことが重要になります。
民法では、委任について、原則として委任者または受任者が死亡した場合には終了するとされています。それなら、「本人が死亡した後のことを頼む契約なのに、本人が死亡したら契約が終わってしまうのでは?」という疑問が出てきます。もっとも、死後の事務を委任し、本人が死亡した後もその契約を存続させる合意まで否定されているわけではありません。法務省の資料でも、民法653条では死亡が委任の終了事由となる一方、当事者が別に定めれば、相続法などに反しない範囲で委任者死亡後も委任契約の効力を継続させることができるとして、最高裁平成4年9月22日判決が紹介されています。
つまり、「本人が死んだら契約書は全部無意味になる」わけではありません。ただし、それだけに、本人の死亡後にも契約に基づいて死後事務を行うことが分かるように契約内容を設計しておくことが重要です。
契約書に書けば、どのようなことでもできるようになるわけではありません。例えば、「本人の財産だから、受任者が自由に処分できる」「契約書があるから、金融機関は必ず受任者の請求に応じなければならない」「本人の持ち物であれば、死亡直後に全部捨ててよい」と単純に考えることはできません。
本人が死亡すると財産について相続の問題が発生します。賃貸住宅であれば、賃貸借契約や相続人との関係もあります。金融機関や行政機関等については、それぞれの手続や必要書類があります。したがって、「契約書があるか」だけでなく、「何を、どの範囲で、どのように頼む契約になっているか」が重要です。
例えば、次のような契約を考えてみたとき、『私が死亡した後のことをすべてお願いします。』一見すると便利ですが、「すべて」が何なのか分かりません。そこで、実際の契約書では、
などを検討します。つまり、契約書の効力を考えるときには、「契約書という名前の書面があるか」以上に、その中身が重要なのです。
死後事務委任契約について、一般的に、「必ず公正証書で契約しなければ契約そのものが成立しない」という制度ではありません。当事者が死後事務について合意し、私文書として契約書を作成する方法も考えられます。ただし、死後事務委任契約には通常の契約とは少し違う特徴があります。
契約が本格的に使われるのは、本人が死亡した後だからです。その時点では本人に、「本当にこの契約をしましたか」「本当にこの内容を希望しましたか」と確認することができません。そのため、契約内容や財産関係、委任する事務の重要性などによっては、公正証書で契約を残しておくことを検討する意味があります。
大切なのは、「公正証書でなければ全部無効」でもなければ、「普通の紙に署名すれば何でも大丈夫」でもないということです。本人の事情や契約内容に応じて、どの方法で契約書を作るのかを検討する必要があります。
死後事務委任契約を知ると、「それなら遺言書を書けばよいのでは?」と思うかもしれません。しかし、両者は役割が違います。大まかに整理すると、遺言書は「財産などをどう承継させるか」死後事務委任契約は「死亡後の事務を誰にしてもらうか」を考えるものです。例えば、
自宅を長男に相続させたい → 遺言書で検討する内容
友人に一定の財産を遺贈したい → 遺言書で検討する内容
自分の葬儀に関する事務を妹に頼みたい → 死後事務委任契約で検討する内容
納骨に必要な事務を甥に頼みたい → 死後事務委任契約で検討する内容
という違いがあります。したがって、「遺言書か、死後事務委任契約か」と二者択一で考える必要はありません。財産については遺言書を作成し、それとは別に死亡後の事務について死後事務委任契約を締結する、という組み合わせも考えられます。
よく似ていますが、役割は同じではありません。遺言執行者は、基本的に遺言の内容を実現するために必要な行為を行う人です。これに対して死後事務受任者は、死後事務委任契約で依頼された事務を行う人です。例えば、
遺言執行者には遺言内容の実現を任せ、
死後事務受任者には葬儀や納骨等の事務を任せる、
という役割分担が考えられます。同じ人を、遺言執行者かつ死後事務受任者とすることも考えられますが、その場合でも権限の根拠は同じではありません。そのため、遺言書と死後事務委任契約書を両方作成する場合には、二つの書類の内容が矛盾しないよう整理しておくことが重要です。
死後事務委任契約は、「まったく身寄りがない人だけ」の制度ではありません。例えば、次のような方は一度検討してみてもよいでしょう。
配偶者や子供がいない場合、「自分が死亡した後の手続を誰がするのか」を考えておく必要があります。
夫婦の一方が亡くなったときは、残された配偶者が手続をすることもできます。しかし、最後に残った配偶者が亡くなったときのことまで考えておく必要があります。
親族はいても、実際にさまざまな死後手続を依頼することが難しい場合があります。
「誰に何をしてもらうのか」を事前に整理することで、残された人の負担を減らせる場合があります。
実は、このような方にとっても契約書を作る意味があります。例えば、「妹が引き受けてくれることになっている」「甥にお願いする話は済んでいる」という場合でも、何を、どこまで頼むのかを契約書にしておけば、本人と受任者の認識を確認できます。
例えば、「葬儀や納骨をしてくれる妹がいる」「甥が死後の手続を引き受けてくれることになった」「親しい知人に頼むことが決まっている」のであれば、必要なのは、「誰に頼むかを探すこと」ではなく、「何をどこまで頼むのかをきちんと契約書にすること」かもしれません。この場合には、
という順番で考えることができます。
死後事務委任契約書はエンディングノートのように、「こうしてほしい」と本人の希望を記録することには意味があります。しかし、死後事務委任契約書の目的は、単に希望を書き残すことだけではありません。本人と受任者との間で、誰が何をするのかを契約として整理することに意味があります。
したがって、「こうしてほしいと思っています」だけではなく、「この事務をあなたに委任します」そして相手が、「その事務を引き受けます」という関係を作ります。これが、単なるメモと死後事務委任契約書との大きな違いです。
死後事務委任契約書を作成するときに最初から難しい条文を考える必要はありません。まず、次の3つを考えると整理しやすくなります。
妹なのか。甥なのか。友人なのか。専門家なのか。
死亡連絡なのか。葬儀なのか。納骨なのか。住居や家財についての事務なのか。複数あるのか。
例えば「葬儀」といっても、単に葬儀社へ連絡するだけなのか、具体的な葬儀方法まで任せるのか、費用の支払いに関することまで含めるのか、によって内容は違います。
この3点を整理したうえで、費用・報酬・契約終了・報告・他の関係者との連携などを条項にしていきます。
死後事務委任契約書を作成する目的は、自分が亡くなった後に、『誰が何をするのかを、生きているうちに本人と受任者の間で明確にしておくこと』です。本人にとっては、「自分の希望をきちんと伝えておく」ための準備になります。受任者にとっては、「自分は何を頼まれているのか」を確認する資料になります。そして、本人が亡くなった後には、「本人と受任者がどのような内容で合意していたのか」を確認する重要な書面になります。
自分が死亡した後、自分で葬儀を手配したり、納骨したり、住居を片付けたりすることはできません。必ず誰かの手が必要になります。だからこそ、生きているうちに、「誰に頼むのか」「何を頼むのか」「どこまで頼むのか」を考えておくことが大切です。そして、「私が死んだら、後のことはよろしく」という一言だけではなく、本人と受任者が内容を確認し、契約として整理しておく方法があります。それが死後事務委任契約です。そして、その合意内容を明確に残すものが死後事務委任契約書です。
重要なのは、「紙に書けば効力が生まれる」ということではありません。本人が依頼し、相手が引き受け、双方が合意した契約内容を明確に書面にしておく。そこに契約書を作成する意味があります。死後事務そのものを依頼するのではなく、「契約書だけ作りたい」という方法もありますすでに、「妹に頼むことが決まっている」「甥が引き受けてくれる」「信頼できる知人にお願いする予定がある」という方であれば、必要なのは、本人と受任者との間で、死後に何をしてもらうのかを整理した契約書である場合があります。

当オフィスでは、本人の希望や事情を整理し、「誰に・何を・どこまで頼むのか」を死後事務委任契約書として文書化するサポートをご検討いただけます。また、財産の承継まで準備しておきたい場合には、遺言書と死後事務委任契約書をそれぞれの役割に応じて整理する方法もあります。「財産を誰に残すのか」と「死亡後の手続を誰に任せるのか」。この二つを分けて考えることが、自分が亡くなった後のことを整理する第一歩です。
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代表 行政書士 辻下仁雄
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大学で応用数学を学び、システムエンジニアとしてIT関連企業に勤務。2017年行政書士事務所を開業し現在に至る。
申請取次行政書士 2級ファイナンシャルプランニング技能士